太平洋岸生まれで俺世代の原体験としては、「拉致」よりも「背乗り」に恐怖を覚えたのが先かな。当時どちらもそんな言葉はまだポピュラーではなかったけど。
漫画とかで見た、久々訪ねたアパートの隣人がまるっきり別人に入れ替わっているのに「え?俺ここにずっと住んでる木村だけど」みたいなヤツとか凄いこわい(その場合は必ず押入れにハム機器とか短波無線機が)…あれって北朝鮮工作員の背乗り事案への恐怖をベースにしていたのか、と今更。50〜60年代のアメリカにおけるエイリアン・インベージョンものが冷戦下ソビエトの、いつの間にか隣人にまで浸透している「共産主義」のメタファーだというのは定説だが、我々東アジア人の子どもには顔が同じ北の脅威の方が身近でこわかった。
70年代に頻発した北朝鮮による日本人連れ去り、いわゆる拉致が明るみに出る端緒となったサンケイ新聞「富山アベック拉致未遂事件」報道。
この報道がなければ現在の拉致事情は全く違っていたのではないかと言われる(それ自体1980年にやっと出たワケだけど)産経阿部雅美記者のスクープ。今でこそその位置付けが定着しているが、当時は全メディアが黙殺、完無視したのを忘れてはいけない。まだその頃は左寄り、リベラル偏重の空気が濃厚だった我が国。実際俺は以前、当時NHK記者だった重鎮ジャーナリスト氏に「なんでアレ黙殺したん?そのせいで10年拉致問題遅れたと言われてるけど?」と直接当てたことがあるが、「だって、悪いけどサンケイだったから…」って即答だったもん。リベラル系は産経の後追いなんて絶対ヤダったんだろうな。おたかさんとか元気だったし。
そんな不運はさておき、阿部記者がこれを追うきっかけとなった警察関係者のつぶやき、「日本海の方で変なことが起きている」がもうタマラなくて。コレに限らず昭和の事件には子どもの脳みそに突き刺さってイヤな想像力を育んでしまう不穏で刺激的なワードが散りばめられていてゾクゾク。「日本海の方」ってなんだ。

ガチ景勝地の雨晴海岸。普通のツーリストはこういうのをメインで回るべき
で(今思えばたまたま震災前)、能登一周ツーリングを企画した際(メインはこれまた70年代チルドレン垂涎のUFOの町「羽咋コスモアイル」ね)、富山が「能登」なのかどうかはさておき、自称野次馬ライダー、これを寄らずにおらりょうかと事件現場といわれる「雨晴海岸」へGO。…ここじゃなくない?海ごしの立山がウリのガチ景勝地なんだけど。
実は氷見には、結婚を機に生まれ故郷に帰った長らくの知人がおり、たまたま話すことになったので聞いてみた。「今回の能登、拉致とUFOと事件系を回りたいんだけど例の事件、物の本には雨晴海岸って書いてあるんだけど、違わない?ブリ?食ってない」と。
そしたら「あ〜、あれもっと島尾の方じゃない?松林とかある」だって。ジモティ全員ご存知かよ。さらに「用水路の可哀想な子ども、流れ着いたのはこの辺?」とか聞いてますます呆れられたワケだけど。インバウンドよりタチが悪い野次馬。
「ホントにあった!」

俄然、それっぽい島尾海岸。ジモティ曰く「浜は狭くなってる」
で、早速行ってみた。もう少し氷見駅寄りの島尾海岸、現在は松林を貫く「漁火ロード」とやらが整備され、キャンプ場や海浜公園になっているので、工作員も潜む場所が少なそうだが、間違いなくイメージはこっち。ただ、5〜6人も横一線に並んでザッザッて迫り来るには浜が狭い印象。昭和は遠くなりにけり。って、そのイメージを払拭したくて漁火ロードにブリの形の灯りとかやってるんだからわかってやれよ、迷惑観光客かよ、と。

「漁火ロード」。突っ走ってみたが、ライダー的にはもっと曲げて欲しかった
まず若者は「アベック」でつまづくだろうが、そこは学んでもらうとして。襲われた二人ともが逃げられたのは、よく吠えた昭和のワンちゃんがお手柄なのか、拉致慣れしてきて緩んだ工作員が間抜けなのかわからないが(ステテコにズックは怪しスギ)とにかく幸運だったと思う。逃げた先の家が引退警官のお宅だったとかいうのもまた奇跡的。麻袋に入れられてもがく被害者を住人が「まるでオバケのQ太郎のようだった」と表現しちゃうあたりが藤子Aセンセのお膝元らしいなど、様々コクのある記述が多い。さらにこの辺り、「可能性を排除できない行方不明者」も多く、辛光洙上陸の地なども近くにあって、やはり拉致事件の銀座、中心スポットであることは間違いない(やめてやれ)。

拉致事案の歴史で欠かせない「宇出津事件」の舞台、宇出津町(現在は能登町宇出津)。現場の「舟隠し」を目指したが、あまりの猛暑で死にかけて断念。もう北陸って呼ぶな、と。事案の詳細は石高健次氏の「金正日の拉致指令((朝日文庫)」とかで
この数ヶ月後、能登地震が発生しほんとにヘラヘラ言ってる場合じゃなくなったが、ぜひ再訪したい土地であるのはやはり間違いない。お見舞い申し上げます。能登復興祈願。今度はブリ食うよ。
◉野磁馬
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