フランスの週間紙「シャルリ・エブド」編集部がイスラム過激派に襲撃され、スタッフら10人以上が犠牲になったテロ事件から今年で10年だって。2015年1月発生。この、窓が真っ黒な板で塞がれた部屋が事件現場のフロア(だったよね?)。イスラムの中でも特に厳しく偶像化が禁じられているムハンマドを風刺画(しかも表紙)にして発行したことへの報復というのが定説。
「ホントにあった!」
もう何十年も、ニュースに関するあれこれや、頻繁に政治家などのイラスト(ポンチ絵)を描く仕事を生業にしている俺も、当時はこの事件について随分考えさせられたものだよ。“いつ地雷踏むかわかんないじゃん…命懸けかよ、絵描き”と。しかしながらこの地雷はかなり検知しやすいもので、真っ先に日本のメディアでは避けるパートだったのだけど(筑波の『悪魔の詩事件(1991年)』というトラウマもあり)。なぜあえてフランスの新聞はこれをやったのか。
フランス近隣諸国で折りから問題が頻発していた移民問題やISの台頭、海外のジャーナリストまで見境なく敵視・暴力に訴えるその姿勢への厳重な抗議だと推察するが、キリスト教圏にありがちな、ムスリムまるっと一絡げに括るクセがいかんのではないかと。現在振り返っても、「あえてパンチ効かすために」で、ムハンマド風刺ってのはちょっと通らないかな、という感想。
強いメッセージの為ならば、他国・他宗教の風習・文化に対する一片のリスペクトも排し、あえて挑発的で危険な表現を公に発信し続けるのもまた「表現の自由」の一環ということなのだろう、ヨーロッパでは(まるっと括るな)。「輪をもって尊し」と空気読む我々国民にはなかなか腑に落としにくいところ。事件直後に発生した『私はシャルリ』ムーブメントも、「さすがフランス」とは思いつつも、そっと俯くばかり…世界が「自由」と「平和」はミスマッチだということに気がついてしまった今、2015年のパリ周辺について思い馳せてみた(半日くらいだけど)。
R.I.P. Paris 2015. あまりに多い犠牲者に
◉野磁馬
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